どくしょ絵日記

面白かった本を紹介します(お絵かき付き)

QED: The Strange Theory of Light and Matter

量子電磁気学についての一般向け書籍。この分野を今日あるような形へと作り上げてきた本人による解説。

なぜ光はガラスを通過したり反射したりするのだろうか?光は、通過か反射かどうやって「決める」のだろうか?日常的な現象に改めて目を向けて、説明を要する現象として取り上げてゆく。数式を用いずに経路積分の概念を紹介し、光と電子の不思議なふるまいに対し、新たな説明が与えられてゆく。後半では、光と電子の相互作用を図示した有名なファインマンダイアグラムも導入する。そして、原子核で起こっていることを、クォーク、弱い力、強い力などを用いて紹介する。

 

QED: The Strange Theory of Light and Matter (Princeton Science Library)

QED: The Strange Theory of Light and Matter (Princeton Science Library)

本書は、4回にわたる一般人向け講義を収録した本で、親しみやすい語り口になっている。日本語版も出ているが、英語の方で読んだ。

光と物質のふしぎな理論―私の量子電磁力学 (岩波現代文庫)

 

著者のファインマンは、おそらく最も愛されている物理学者の一人だろう。彼は、「ファインマン物理学」という有名な教科書も書いている。むかし、電車の中で読んでいたら、たまたま隣に座った外国の人に、「それ僕も大学の時に読んでいたよ!」と話しかけられたことがある。聞けば、インド出身の工学者で、いまは日本で勤めているという。見ず知らずでも、「同じ本を好きな私たち」という連帯がすぐに生まれたのであった。

「おや、君もかい」

「ああ、僕もだよ」

車中で愛が芽生えるんである。

 

光は、なぜガラスを通過したり反射したりするのだろうか?なぜ屈折するのだろうか?次のような説明を聞いた人も多いと思う。

「光は、目的地に達するのに一番早いルートを通ろうとする性質がある。ガラスと空気では、実は光のスピードが違っていて、ガラスの中では遅くなってしまう。そこで、光はガラスを嫌って、ガラスの通り道が短めとなるルート選ぶ。屈折して多少周り道してでも、それが最短時間の経路だからだ。

反射についても同様。光は、反射する際に「入射角=反射角」となるように反射する。こういう経路を通ると、最短ルート、すなわち最短時間でゴールに達するからだ。仮に入射角反射角の経路を通ろうとすると、時間をロスしてしまうからね」

 

初めてこの話を聞いた時は、屈折・反射という現象が、時間の最短化という原理(フェルマーの原理)で説明されることに意外な思いがした。しかし事実なのだから、「そういうもの」として受け入れるしかない、一種の公理に近いようなものとして聞いていた。

それでもなお、時間最短化のフェルマーの原理は、腑に落ちない説明である。なぜ、光は、数ある経路の中で「ゴールへはこの経路が最短だ」なんて知っているのだろうか?そもそも、ゴールがあらかじめ分かっているような目的論的な語り方は変ではないか?本来は光は、物理法則に従って時間の経過とともに一歩一歩前進し、結果的にたどり着いた場所を人間が便宜的にゴールと呼んでいるに過ぎないのではなかったのか。

 

フェルマーの原理は事実だけれども、不思議であることに変わりないのだ。その不思議さに着目して描かれた小説もある。たとえば、最近映画化されたテッドチャンのSF小説「あたなの人生の物語」(映画題名「メッセージ」)は、地球外生命体が使う未知の言語についての話である。

われわれは、ニュートン方式で世界を見ているが(=時間が進行してゆく舞台としての世界)、フェルマー方式で世界を認識している生き物がいてもいいはずだ。彼らには時間の進行という概念はない。未来という終着駅はそこあって既に見えている。きっと彼らのものの考え方は人間とだいぶ違うだろう。彼らの話す言葉は、われわれに意味を成すのだろうか?

 

脱線が長くなったが、本書「QED」では、「時間を最小化する経路が実現される」という事実を、さらに原理的な観点から解明してゆく。

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この人がファインマンです。

 

ファインマン経路積分による説明は明快で、光が最短経路を「知っている」のは、全ての経路を試しているからだ、というものだ。「入射角反射角」であるようないびつな経路も含めて、光は全部通っていると考える。

これは狂った考えに見えるが、実験で実証できる。回折格子というものを使う。ガラスの反射を例にとると、反射光とは無関係に思える位置のガラスについても、実際に光が通っていることを確認できるのだ。ガラスに細かい縞々の傷をつけてトリックを作るのだが、その工夫もきれいな理屈にもとづいているので、興味ある人は本書にあたってほしい。

 

では、光が全部の経路を試したとして、その中からどうやって最短経路を選び出しているのか。光は、どうやって最小化問題を解くのか。

光の振動と干渉が効いてくるのである。互いに少しずれた2本の軌道を比較してみよう。経路の違いに応じて、ゴールに着くタイミングも違うはずだから、振動のタイミングも食い違ってくる。上手くそろっていないので、互いに打ち消し合ってしまう(例えば、振動の山と谷が相殺するイメージ)。結局、2本の軌道は、最終的には相殺して人間に観測されることはない。

しかし、一つ特権的な経路がある。時間最短となる経路だ。高校の数学を思い出してもらうといいのだが、何かを最小とするような位置とは、微分がゼロとなる位置、つまり変化が無いことを意味する。少し位置がずれたところで、結果はほとんど変わらないのだ。直観的には、山の頂上(微分ゼロ)が、なだらかなことに相当する。反射の例に戻れば、隣の軌道との時間のずれがほとんど無いため、振動が打ち消しあわない。時間最短となる付近の経路の束は、タイミングがそろっているので、むしろ強化される。そして光の経路として私たちの前に現れる。

結局、微分積分が、世界で何が実現され、何が実現されないかを決めている。

 

以上が、本書の前半だ。経路積分による説明の射程は広い。反射や屈折だけにとどまらず、そもそも光はまっすぐ進むのか、Yesならばそれは何故か、量子力学的なミクロな世界では軌道の概念が成立しないというが、なぜ成立しないのか、といったことも統一的に説明されてゆく。

 

後半では電子・陽子の移動、陽子の散乱と吸収といった単純なルールによって、いかに世界の複雑性が作られていくかが説明される。後半の書き方は、私にはちょっと駆け足ぎみに感じられたが、情報密度が高い。

光が一カ所に集まってレーザーとなる一方、電子はそうならずにバラける(排他原理)。電子は集団で固まって行動できないので、電子がいくつもある場合は、原子核の近くを回る軌道、少し離れた軌道、さらに離れた軌道・・・といった構造が生まれ、やがて原子・物質の多様性につながる。将棋のようなもので、ルールは簡単でも、盤面で展開される棋譜は無限で、人を魅了する。

 

本書、というかファインマンのどの著作にも共通するのだが、その魅力を挙げると

  • 素朴で根源的な問いを取り上げ、
  • できるだけ少ない前提知識から出発し、
  • ごまかしやジャーゴンで煙にまくことを排し、
  • 明晰な語り口とフランクな態度で、
  • 斬新なアイデアを持って立ち向かう。

といったところになると思う。

良い本です。