どくしょ絵日記

面白かった本を紹介します(お絵かき付き)

ブルーピリオド

 

絵に縁の無い生活を送っていた高校生が、あるとき授業の課題をきかっけに美術に目覚め、美大受験をするという話。読んで「本気で取り組むとはこういうことだ」と突きつけられた気がした。美大出身の漫画家が自身の体験や見聞をもとにした作品。

 
高校生活の楽しさや受験の緊張感を生き生きと描いている。美術に興味を持ち始めたとしても、美大進学というのは飛躍があり躊躇する選択だと思うが(美大なんて卒業して何になる?)、そういった当然の心の揺れが丁寧に描かれており好感が持てる。主人公・八虎(やとら)が美大進学を決心したあとも、親に言い出せず、後回しにするくだりもリアルである。だんだんと私も一緒に学校に通っているような錯覚を覚える。
 
学校の美術部と美大予備校に入ってからは、絵の鑑賞法の解説があったり、予備校の生態紹介があったり普段目にすることのない世界が描かれていて興味深い。今度から私も絵は購入するという意識で見てみよう。
 
八虎と友人たちの等身大の高校生活が描かれてるわけだが、それは私的であると同時に、普遍性をもったエピソードに満ちている。美術に限らず創作に携わる人ならば多くが陥るであろう困難や自問すべき問いへとつながっていくのだ。たとえば
  • 作品を作る際に技術に走るが(構図の研究)、その手段が目的化してしまって、何を描きたかったかへ意識が向いていなかったり。(「俺はずーっと手段で手段の絵を描いていたのか」)
  • 「あなたにとって大事なものを題材に絵にせよ」という課題に対し、八虎は友人や先生との縁が大事と考え、縁の象徴として糸をモチーフにした作品を提出する。すると「縁は糸の形してた?」と講師に聞かれる。既成イメージに頼ってて、自分なりの咀嚼ができていないことが露呈する。あるいは
  • 一回褒められたら、その作品の自己模倣をして新鮮さや挑戦のない絵になったり。
  • 油絵の経験の浅さを心配して再び技術的なことで頭を悩ませるが、それ以前に、どの題材をどういう視点で切り取って描こうと構想するかが出来ていないと気づいたり。
 
深い自己認識をうかがわせるキャラクターも登場する。
  • 課題に対して素早く反応して絵を描くという枠組みに適正が無い、自分は好きな絵しか描けないと自覚して、一般受験ではなく推薦枠受験(作品の持ち込み)をする美術部の森先輩。
  • 予備校のクラスメートが実は三浪目で、今回を最後の受験と決めていた話。
これらには、美大受験のユニークさが影響していると思う。一般大受験とも違えば、音大受験とも違う。美術は音楽と違って先行者利益が低く(幼児期から始めるのがさしてアドバンテージにならない。親が子に習わせることも少ない)、累積的な面があるので(描くほど上手くなる)、ひとことで言うと浪人・多浪率が高い。そういった事情は葛藤を生じる。どれだけの期間とその間の生活費を受験につぎこむべきだろうか?好きだけで進んでいいのか。
 
総じてキャラクターは魅力的だ。
豪快な風貌だが物知りで憎めない大阪弁の予備校仲間・橋田くん。恐ろしく絵が上手いが、攻撃的な世田介(ヨタスケ)くん。予備校のホープでギャルのような明るさをもっていながら、時折他人を見下ろした発言で暗部をのぞかせる桑名さん。 

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人物の置かれた状況をサラっと示す作者の話法にも感心した。
美術部仲間に、異性装の男子・龍二が登場する。家では両親からの批判に晒される中、暖かい祖母が味方になってくれる。絵に理解のある元日本画家の祖母に龍二は感謝しているが、「もちろん、龍二日本画よねえ?」といった条件付き愛の気配がある。龍二は本来の興味や進路(ファッション)を自己抑制して、屈託なく祖母を慕えるわけではない・・・という微妙な家族関係が、わずか数ページのやり取りの中に詰まっている。
 
異性装で生きていくと、周囲のひんしゅくアイデンティティーの問いとぶつかることが当然予期されるが、これらは絵画作者がぶつかる問題と同型という気もする。異性装の生という生々しい問題と、創作者の姿勢が重なって、龍二がだんだん普通に見えてくる。
 
こういったキャラクター群と美大受験というプレッシャーのある状況なので、心に刺さるキラーフレーズも出てくる。
「俺の好きだけが 俺を守ってくれるんじゃないかなあ」 by 龍二
「何でも持っているやつが こっちへ来るなよ。 美術じゃなくてよかったくせに」 by 世田介
 
普通?いえ、登場人物の生活を知った上で聞くと違うのですよ。
 
長々書きましたが、ようするにお勧めです。