どくしょ絵日記

面白かった本を紹介します(お絵かき付き)

ソリトン、カオス、フラクタル

 

ソリトン研究に戸田格子としてその名を残す物理学者戸田盛和氏による物理に関する読み物。非線形力学系に関する本のような題名だが、その議論へ進む前の土台、山の裾野を含めた非常に広範な教養を提供している。

 

そもそも数とはなんぞや?という話から始まるのである。自然数とはこういうもので、それを拡張して有理数ができて無理数ができて‥というわけだが、個人的にはこういった数の体系・集合の話は、純粋数学の香りが強くて、憧れと同時に、現実との関係が見えず虚しい気持ちにもなる分野である。が、戸田さんの道案内にかかると、無理数の説明がいつの間にかビリヤードの話に接続して、ビリーヤードボールの軌道が空間をエルゴード的に稠密に埋め尽くすというカオスへの関連を示され、気持ち良い。

 

こういった調子で次々に数学と物理の関係が提示されてゆく。あみだくじで置換の話をしていたと思ったら、量子力学のパウリの原理(波動関数が粒子の置換に対して満たすべき反対称性)に行き着いたり。

フィリピンの民族舞踊やメビウスの輪の不思議な幾何的性質(一周回っても元に戻らず、2周回ってようやく元に戻る)の話から、スピン波動関数2価性(2回転することで始めて元の状態に戻る)につなげたり。オイラーの多面体定理というトポロジカルで抽象的な式を見ていたら、水・水蒸気のような相の間に成り立つ性質(ギブスの相律)に導かれたり。

 

こういった書き方をしていると、だいぶ長い本になりそうである。が、しかし250ページで済んでいるのも驚きである。著者の説明が簡明で、余分な枝葉がなく、各話題が持つ幹の主張をストレートに伝えているので、このページ数で収まるのだろう。

 

例えば、熱力学第二法則がなぜ成立するかは統計力学的にも説明できるが、わずか数行で説明していて、しかも平易である。

 

終盤でようやくカオスやライフゲームが登場する。自分はそれなりに詳しいと思っていたので、こういった一般向け書物では知ってることばかりだろうと思ったが、そうではなかった。

ローレンツアトラクタは2枚の羽がから成ったような形をしており、軌道はそれらを行ったり来たりする。これはどういう現実を表しているのか?

こういうことらしい。2枚の羽は「流れ」変数の正と負に対応していて、片方の羽から別の花へ軌道が移ることは、気象モデルにおいて大気の流れが逆回転することを意味する。なんでそんなことが起こるかというと、熱い大気は上昇して、ほどほどの所でグルンと対流してやがて下へと向かうわけだが、そのときたまに流れが速すぎることがある。すると下降する際にまだ大気が冷え切っておらず、下がり始めるかと思いきや逆にまた上がるということが起きているらしい。すみません、羽の間を転移することの物理的な意味なんて、私考えておりませんでした・・恥ずかしい。

地球の地磁気は何度も逆転しているという不思議な歴史があり、さまざまな見解があるようだが、外因性の事件(隕石のせいだとか)以外に、ローレンツカオスのようにダイナミクス自体がもたらす不安定性・逆転を考えてもよい、とのこと。

 

文体についてひとこと。変に現代思想がかっていないのが良い。カオス、ライフゲームの話題になると、何かスイッチが入るのか、格好いい言辞や哲学的フレーズで包んで深遠さを醸す本も多いのだが、本書はもっと普段使いの言葉で書かれている。等身大で書かれたものをスーッと読んでいたら、気づいたら遠くまで連れて来られた、そういった類の本である。

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