どくしょ絵日記

面白かった本を紹介します(お絵かき付き)

かくかくしかじか

 

著者が、高校・美術大学OLを経て漫画家になるまでの半生を振り返った自伝漫画。美大受験でお世話になった画塾の恩師から受けた影響、叱咤、思い出をコメディタッチにそして情感豊かに描く。

 

美術で思い出すのは友人O君のことである。当時ぼくらは大学生で、彼は興奮気味に語っていた。小学校の頃同級生だった子が、大きなキャンバス、画材を運んで道を歩いていたというのである。それが何?とも返せるのだが、彼の言わんとすることは分かった。

同級生の彼女は自分が労力を傾けるべきものを既に持っている、世間には屯着せずに自分が夢中に取り組むものを持っている、とショックを受けたのだ。

 

私の脳にもO君の思考回路ができていた。何かマイナーな文化に取り組んでいるひと、例えばベトナム語を勉強していたり、油絵を描いている人を見ると、甘酸っぱい気持ちになるのだった

 

一体何の話だったか。漫画の「かくかくしかじか」だった。そんなわけで、美術漫画はつい手に取りがちなのだ。

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まず、恩師日高先生のキャラが立っている。アクが強いので、画塾での出来事をエッセイ風に報告するだけでコメディになる。「ずべこべいわず、描け」と有無を言わせない真剣さと、口の悪さが際立つが、その状況に突っ込みを入れる高校生たちと合わせて見ると、笑えてしまう。

 

実は、数年前にこの漫画を初めて読んだときは、シリアスさの方を強く感じ、読み進めるのが少しつらかった。後から恩師を追想するという構成なので、「先生は私を気かけてこんなにも与えてくれたのに、なぜ私はそれを無視したのだろう?」という後悔が、作品の底流を作っているからだ。

 

しかし、普遍性のあるエピソードの力で読まされた。例えば、

  • デッサン修行に重要性を感じつつも、紀元前の異国人の石膏像を描くことに、現在を生きる自分とのアクチュアルな関係を感じられない。スノボに行ったり恋をしたりする方が、大事なんじゃないのか。
  • 漫画を描きたいという本心がありつつも、親や先生が受け入れ易いようにと、美術志望を表明する。しかし、世間用プレゼンテーションと本心のズレはいよいよ深まるばかり。
  • 気づくと、美術も漫画も取り組まないまま、大学4年生になっている。

 

こういった専攻と興味の微妙なズレ、大切な人に伝えることの躊躇は、誰しもが経験することではないだろうか。

 

今回2年ぶりくらいに再読したところ、後悔よりも、恩師の魅力的な人柄や、型破りなエピソードの強さがスッと入ってきて、以前以上に名作に感じられた。

 

 生徒の中で何度も再生して、そのたびに新たに影響を与えるもの。そんな存在が確かにそこにある、と感じさせてくれる作品だ。